震災(1/17)

2011/03/20 0:19 に 中通寛記 が投稿   [ 2011/03/21 9:58 に更新しました ]
「地球にとっては“くしゃみ”みたいなもの」と学校で教えられていた。

神戸の震災後、自転車で走った三ノ宮までの道中。
踏みつけられたプラモデルのように横たわる高速道路を迂回し
まだ煙が燻る長田で立ち止まり、焼け野原を少し歩いてみた。

崩壊したビルの脇から、炊き出しの煙があがっている。
「自分は被災者ではないからいらない」と言っても
「三ノ宮までは遠いからもっていきや」と笑いかけて
おにぎりを渡してくれたおばさんがいました。

それが、地震の記憶。17歳。


東北で起きた地震から、しばらくがたちました。

東京では「日常」の前提となる、様々なインフラが混乱し
社会の脆弱性を露呈するような人災が起こりました。
余震が起こる度、金縛りにあったように動けなくなり
人びとのストレスが重い空気を作り出しています。

薬局でトイレットペーパーの買い占めをしながら
店頭で小銭を募金する人は正しいのかどうか
そんな事を考え、矛盾を抱えているのは自分の事でも
あることに気付きます。


神戸の震災でライフライン回復後も避難所で生活していた
(せざるをえなかった)クラスメートが言っていたことを思い出しました。

「避難所に娯楽が全くない。子供にストレスが溜まっている。」

「野菜」とは全く関係ないのですが、避難所の食料や衣料品が一通り揃った頃合いに
中古の“たのしい”文庫本やマンガ、ゲーム機などの娯楽品を被災地に送ろうと思います。

ということで・・
本企画にご賛同いただき一緒に動いていただけるボランティアを募集いたします。
ご協力いただける方はdoughly@yasaikichi.jpまで、ご連絡をお願いします。


最後になりましたが、今回の地震で亡くなった方々のご冥福を
心よりお祈り申し上げます。
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